洪自誠『多く蔵するものは厚く亡う』(菜根譚後集五十三)

 

菜根譚マルクス・アウレリウスとだいたい同時期に読み始めたので個人的にはかなり影響を受けた。書かれた時代も場所も違えど、ところどころかなり似通ったことを言っている。

菜根譚の内容は理想主義的な遁世思想と言えなくもないが、実際的な処世の知恵もかなり載っているので単純に読んでて面白い。以下はその一節。

多臧者厚亡、故知富不如貧之無慮。高歩者疾顚、故知貴不如賎之常安。

多く蔵するものは厚く亡う、故に富は貧の慮なきに如かざるを知る。高く歩む者は疾く顛る、故に貴は賎の常に安きに如かざるを知る。

財産の多いものは莫大な損をしやすい。だから金持ちよりは貧乏人の方が、失う心配もなくてよいことがわかる。また、地位の高い者はつまずき倒れやすい。だから身分の高いものよりは身分のない庶民の方が(つまずく心配もなく)いつも安心していられてよいことがわかる。
岩波文庫菜根譚』281ページ

○感想
この節は自分の立場が低い場合は慰めになる。なってる。想像力を働かせれば確かにそういう貧乏ゆえ、その他大勢ゆえのプラス面もある。自分が金持ちor有力者の時にこれを読んだらどうかな。ため息をつくしかないかな。しかしその場合の身の振り方についてもどっかに書いてあった気がする。

菜根譚の価値観は君子の生き方、無欲、清貧、安らかな生活、諸行無常と言ったところで、著者の洪自誠は儒教、仏教、道教を修めた人らしいがまさしくそんな感じのバランスの取れた思想。はっきり言って人生知の宝庫。ではあるが実践できるかはまた別の問題。かなり達観してないとこの本に沿った生活は非常に難しいのは確か

福沢諭吉儒教については男尊女卑や奇妙な親孝行など現代社会にそぐわない部分をコテンパンに批判してたが菜根譚には今読んでもそこまで妙なことは書いてない。むしろ正論ばかり。
しかも単なるガチンコど正論ではなく風情のある比喩によって直感、美的センスに訴えかける文体なのでスッと飲み込める。カチコチの理詰めやセンスのない比喩ではこうはいかない。
こういうセンスとか、分厚く蓄積された叡智とか、なんだかんだ中国の文化はすげえなあ。

 

 

菜根譚 (岩波文庫)

菜根譚 (岩波文庫)